明らかに世の反感をかうタイトル、極論を展開した昨日のブログ

「問題は、世の父親(オヤジ)にある【前編】」

 

本日は、その続きを。

本日も悪態をつくので、お気に召さない方は 読まないでください。

 

 

そう言い切れるのは、実は私自身の反省から来るものである。

仕事人間だったある時期、子育てや子どもへの関りは意識して行っているつもりでも、

妻の気持ちに全く寄り添えてなかった時期が私にもあり、

その時期 我が子もまた精神的に不安定となりクラスメイトとのトラブルも多かったのである。

 

(息子は誰に対しても優しくて他人に譲りすぎる性格だったので、

私はそういう息子の一面を見られたことを実は嬉しくはあったのだが。。。)

 

 

 

男は身勝手なもので、

 

私もそうだったが、自分の空いている時間で自分なりの方法で子どもと関わることが

子育てだと思ってしまう。 (しかたの無いことである)

 

 

私の場合は、仕事上子どもへの接し方等を知識と感覚で知っているので、それがまた一層たちが悪い。

 

 「自分は子育てをこれだけやっている」

  「しかも自分は教育のプロだから、すべて正しい」

  「家事だって手伝っている」…

 

・・・その 自分が正しい、正義である、やっている感などの

『正義感』は、そのまま

 

=「もしも問題があるとすれば、自分以外に原因がある」 と思い込ませてしまう。

 

 

仕事で指導する立場にある男性や先生と呼ばれる職業にある人には、

特に注意が必要なことである。

 

 

 

妻の状況・心情をじっくりと聴き、夫婦で腹を割って家族や子育て方針について話し合うことも無しに、

自分の都合で子どもと関わって妻に意見を言うという男性の関わり方は、

現代の日本では既に機能しない。

 

 

 

問題を抱えて悩む母親の 根本の問題は、父親の意識にある

カウンセリング中に、子どもの課題からいつの間にかご主人への愚痴・不満に変わっていく母親が多い。

そりゃあ 子どもも母親もそうなるわなぁ… と感じることも本当に多い。

 

 

それにしても、

急スピードで変化するこの世の中、経済やビジネス・最新機器でなら

新しい変化についていこうとする男性(ビジネスマン)が、

こと子どもや教育の変化に対しては、 あまりに疎いのは、一体何故だろうか。

 

 

決められた通り学校に行って、頑張って勉強して、大きな変化や障害が無く、

少しでも有名で大きな企業に就職することを 心の底では「最善」と考えられている男性に、

その傾向は強いようである。

 

 

そのルートから逸れた子どもが幸せになることが単に想像できないからなのか?

そのルート通り頑張った自分が今仕事を楽しんでないにも関わらず、

想像できないルートを進む我が子が 将来幸せに働くことが怖いのか?

 

 

 

父親が子どもよりも上の立場でいる時代は遠い過去のこと。

はっきり言って高校生近くにもなれば、

親と同じぐらい現実的にも論理的にも思考できるし、社会の善悪も判断できる。

 

親が大人だからという理由で、子どもに一方的に説教や指示命令をすることは

マイナスにしかならない。

 

 

 

親として本当に大切だと思うことならば、

小・中学生までの間に、じっくりと自分の考えを話し、

ゆったりと我が子の状況を理解して話を聴き、

自分で選択できる力を身につけさせるために、安心できる家庭を用意することが、親の責任である。

 

 

そしてその結果に対して、次にどうすれば良いのか?

を自分で考えて行動できる思考と行動の習慣をつけさせること。

 

 

これは『父親の責任』なのである。

 

 

そして、

それ以上に偉大な仕事など、この世に存在しないのではないだろうか。

 

 

 

その偉大なる仕事から逃げて、

我が子が何を考えているか分からない時や、思春期に我が子に反抗された際に、

厳しい暴言を吐いてしまうのであれば、それは余りに稚拙であり、子どもに甘えすぎである。

 

 

子どもには、大人以上に大人な面がある。

私達は自分が間違った時や失言した際には、ちゃんと一人の人間として謝るべきだし、

我が子の一挙手一投足を、常に感動と驚きを持って見守り、様々な面で自分を超えてくれていることに感謝して それを言葉で伝えることが大切である。

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